2013年11月30日開催 NSFF 福岡県直方市須崎町映画祭

林芙美子が創作と映画に出逢ったまち 福岡県直方市須崎町商店街

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4. そして同じ1915年、林芙美子12歳。彼女の木綿のような頭の中に、創作の灯が燈る。

 

 同時期に少女は、やはり現直方市「大正町の馬屋と云う木賃宿」で、近所の貸本屋から借りて来た本を毎晩のように貪り読むようになります。その中で少女の「木綿のような」頭の中には「メデタシ、メデタシの好きな、虫のいい空想と、ヒロイズムとセンチメンタリズム」が培われます。「放浪記」に書かれたこれは、いうなれば彼女自身の創作の原点。

 ここで忘れてはならないのは、『放浪記』がフィクションだということ。あくまでも「自伝的」小説であって「自伝」ではないということ。『放浪記』に書かれたことをなにもかもを史実のように受けとめるわけにはいきません。

 しかし、ここに描かれた須崎町界隈の情景は、遊郭に通う坑夫相手に栄えたというこのまちの背景を考えるといやにリアルで、そこにはまんざら彼女の創作とは思えないこのまち特有の匂いがあります。また、同様に、それらで包み込むように描かれたこの貸本のくだりからも、フィクションを書くにあたり直方の日々を振り返った彼女が、たとえば偶然にたどり着いた彼女自身の創作の原点を、あえてそこに描き込んだかのような印象を受けます。

 1915年、秋。林芙美子12歳。福岡県直方市須崎町商店街界隈。このまちで彼女は創作と映画とに出逢い、そして彼女が生んだ物語は映画化されて、やがて日本映画の黄金時代を支えた名作として人々に愛され続けたという物語。これはフィクションなのかもしれません。

  それでも、そんな浪漫に浸りながら、もう一度『放浪記』冒頭の「直方の悪口」と揶揄されるエピソードを読み返すとき、そこにこのまちのへの愛があふれていることに気付くことでしょう。

 その愛に満ちた「直方の悪口」で包み込むように彼女自身が、創作の原点とも思える一節を描いたというのは【事実】。この事実を思うとき、この直方のエピソードが、悪態をつきながらも人間愛に満ちた彼女の作風の出発点だと考えるのも、あながち地元びいきの空想だとばかりも思えなくなってくるのです。